富山地方裁判所 昭和26年(行)4号 判決
原告 愛本村
被告 舟見町
一、主 文
一 別紙表示記載の地域は愛本村の区域に属することを確認する。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、
第一、原告愛本村と被告舟見町とはともに富山県下新川郡地内に存する互に隣接する普通地方公共団体であるが明治二十一年四月十七日法律第一号旧市制町村制(以下単に旧町村制という)が明治二十二年四月一日施行せられるに先立ち実施された県下全域にわたる町村区域変更(以下町村大分合という)の結果、愛本村は愛本新村、中ノ口村、音沢村、明日村、栗虫村及び舟見村、明日村、音沢村入会地(以下三村入会地という)の一部を合して設立され、同じく舟見町は舟見村、桑畑新村、下若林村、舟見野村、愛場村及び三村入会地の一部の諸村を合して設立されて現在に及んだものである。
第二、而して別紙表示記載の各地域(以下本件土地という)は愛本村の行政区画内に存在しながら、舟見町の保管する土地台帳面では同町の地籍として記載されている。ところで本件土地は地理的に見ると愛本村地内に存する舟見町の飛地の形状をなしているのである。
第三、然しながら本件土地は以下述べる理由により愛本村の行政区域に属するものというべきである。
一、富山県においては、旧町村制は明治二十二年四月一日より施行されたのであるがこれに先立ち富山県知事は右自治制実施の準備として明治十一年太政官布告第十七号郡区町村編制法(以下郡区町村編制法という)の規定に基き内務大臣の認可を経た上、同年三月十九日「本県各町村別冊ノ通リ分合改称ス但飛地ハ其ノ所在町村ノ地籍ニ編入ス其ノ新町村二個以上ノ間ニ介在スル飛地ノ所在及一村分割ニ係ル境域ハ別ニ之ヲ告示ス」と定めた県令第三七号を告示し以て県下全域にわたり、従前の町村を分合すると共に県下に存するすべての飛地は新町村二個以上に介在する場合を除きすべてその所在町村に編入することとした。
而して本件土地は右県令告示当時において愛本村地内に存する舟見町の飛地であつて、新町村二個以上の間に介在するものでなかつたから、右県令施行の日において当然その所在村である愛本村の行政区域に編入されたものというべきである。
二、而して富山県においては、町村大分合の実施された後、旧町村制が施行されたのであるが同法は町村の区域に関しては従前の区域を踏襲する旨定めてあり、爾来同法は明治四十四年法律第六九号町村制及び昭和二十二年法律第六七号地方自治法の施行により改変されたのであるが町村の区域に関しては特にその間、廃置分合等の行われない限り旧町村制施行当時の区域を以て町村の区域と定め引続きそれを踏襲して来たのである。
さて本件土地が今日に至るまで廃置分合等の変更手続が行われたことは全然無いのであるから、本件土地が現在いずれの町村に属するかは結局旧町村制施行当時における町村所属を以て決するものというべきである。
第四、かような次第であるから本件土地が現在尚土地台帳面では舟見町の地籍になつているのは、真実の地籍と合致せず従つて右は誤謬なりといわざるを得ないのであるがこれは次の如き原因に基く。
即ち我国の土地台帳制は明治二十二年三月二十三日勅令第三九号土地台帳規則(同年四月一日施行)により創始せられたものであるが、右台帳の作製については、かなり以前よりその準備調査が進められ追次作製されたものであつて、舟見町及び愛本村の土地台帳の事実上の作製は明治二十一年になされているのである。
従つて、右作製当時においては、未だ飛地の整理が実施されていなかつたから、飛地については従来のままの町村において記載されていたものである。
それ故旧町村制施行後、飛地の組替に伴う残務処置として土地台帳面の記載が訂正されねばならなかつたのであるが時あたかも新町村設置直後に当り町村事務は多忙を極めていた当時のこととてその頃としては大して価値の存しない本件土地の如き飛地についての台帳面の訂正の如きは容易に看過されて今日に至るまで訂正漏れのまゝになつたものと考えられる。
しかしながら土地台帳面の記載が如何にあろうとも、土地台帳の記載に町村の区域を決定する法律上の力のないこと勿論であつてこれを以て本件土地が舟見町の行政区域に属するものとは到底言い得ないところである。
第五、されば本件土地が愛本村の行政区域に属することは県令第三七号の施行により確定している事実であり、その後その町村所属について変動はないのであるから舟見町に対し、本件土地が愛本村の行政区域に属することの確認を求めるため本訴に及んだものである。と述べ、
第六、本件土地は町村大分合に当り三村入会地の一部として舟見町の地籍に属することとなつたものであるとの被告の主張に対し、
町村大分合に当り三村入会地が飛地とは別箇に取扱われたことは争わないが本件土地がその当時三村入会地の一部であつたという被告の主張は勿論否認する。右三村入会地とは、舟見町及び愛本村の北部一帯の山岳地に連亘する広茫たる一大森林地帯を呼称し各地に散在する区々小面積の飛地の類とは凡そ本質を異にし一団地をなすものであり、各地に散在するものゝ総称ではない。又地目の点から見ても三村入会地は全部山林であるのに反し本件土地は、その中に山林も若干は存するが大多数は、田、畑又は原野である。
しかも本件土地は入会地土地台帳に登載されず普通土地台帳に登載されているのであり、土地所有権の沿革より見ても三村入会地に属する土地ならば当然に三村の共有地でなければならないのに本件土地は一箇所として三村共有地であつたものはない。
第七、(一) 被告の県令第三七号に創設的効力は認められないとの主張に対し、
前述の如く右県令は、富山県知事が明治二十二年四月一日より施行される旧町村制の準備として県下全域にわたり、町村の合併及び飛地の整理を断行すべく郡区町村編制法第九条の内務大臣の認可を経た上、県令の形式を以て県下全域にわたる町村分合及び飛地編入を一括して実施したものであつて、実質上は町村区域変更の効果を直ちに発生せしめる行政処分であり、右県令を除いて町村区域変更処分が別箇に行われたものではなく、また町村区域変更の効果を発生するためには右県令の公布施行以外に何等の手続を要するものでもない。かくの如く右県令の公布施行により当然町村区域変更の効果を発生するものであるから右県令はいわゆる創設的効力を有するものというべきである。
(二) 本件土地は県令第三七号但書に規定する飛地に含まれないとの被告の主張に対し、
県令第三七号の別冊が飛地以外の土地について、富山県知事が町村大分合につき内務大臣の認可を求めた際添付した町村分合調書の記載と地目、地番等の細目が省略されているだけで他は全く一致していること及び本件土地が右町村分合調書(乙第三号証)には記載されていないことはこれを認める。
しかしながら、右県令但書に規定する飛地はその文言に従い県下全域に存するすべての飛地を指すと解すべきである。
右県令において飛地以外の土地については特に別冊において逐一具体的に表示しながら、飛地についてはその具体的箇所を個別的に掲記せず、右但書をもつて「其所在町村ニ編入ス」と抽象的に規定したのは、県下全域に存する飛地の数は相当の数にのぼるので、これを悉く掲記することは甚だ煩雑であるから、これを避けるべく前記の如く簡潔に規定したのである。たゞ特殊の場合として新町村二個以上の間に介在する飛地についてはその所在町村が果して何れなりや明かでないから特にこれを明かにする必要上「別ニ之ヲ告示ス」と規定したのである。而して右分合調書は富山県知事が町村大分合の認可を受くるため内務大臣に提出した上申書に添付されていたものであるが、これは県令第三七号の附属文書ではないのであつてあくまでも一個の参考資料に過ぎない。町村区域変更処分の効力内容はすべて右県令自体によつて決定すべきである。
仮に県令第三七号但書に規定する飛地が被告主張の如く右町村分合調書に記載された飛地に限定して解すべきものとしても右分合調書は旧町村制施行後に於て多数の誤記脱漏等が発見せられ富山県知事は、その都度数回にわたり、この点の訂正につき内務省に上申し、その承認のもとに、その誤謬訂正を行つて来たのである。
右分合調書中、愛本村に編入せらるべき舟見町の飛地の記載についても右の如き訂正が行われたのであつて、当初の町村分合調書(乙第三号証)には、右飛地は田、畑、宅地、原野合計十二町二畝十九歩となつており、その中に山林は含まれていないけれども訂正後の右調書(甲第一号証の四)によれば右飛地は田、畑、宅地、山林、原野、雑種地合計四十三町一反三畝十八歩となつており本件土地は、その地目地積から見て、訂正後の右調書に記載されていることは明かである。
(三) 本件土地の飛地編入処分については内務大臣の認可を欠くから無効であるとの被告の主張に対し、
県令第三七号による町村区域変更処分(県下全域の飛地の組替も含めて)が内務大臣の認可を受けたものであることは富山県知事より内務大臣に対する町村区域調書訂正方上申に関する文書(甲第一号証の二、四及び五)により毫も疑がないところである。また「飛地ハ其所在町村ノ地籍ニ編入ス」とする処分は、いうまでもなく明治政府が維新以来堅持せるところの大方針並にこれに順応せる富山県の古くからの方針に則り断行されたものであつて、このことは類似の他県の事例に鑑みても充分に諒得されるところである。
仮に被告主張の如く町村分合調書に記載された町村区域の変更についてのみ内務大臣の認可があつたものとしても前記第七の(二)に述べた通り、本件土地は訂正後の右調書に記載されていることは明かであるから、被告の右主張は失当というべきである。
第八、次に被告の時効の抗弁に対し、
被告主張の事実中、舟見町において、県令第三七号の告示施行以来今日に至るまで本件土地に関連して生起する行政事務の一部を取扱つて来たことは認めるが、その余の主張事実はすべて否認する。
舟見町の取扱つて来たのは、単に、本件土地の台帳面の記載が舟見町の土地台帳にあるのを奇貨として、右土地に関する徴税事務のみを取扱つて来たに過ぎない。その他の各種行政事務(漂着死体の処理、労務加配米の世話等)はすべて愛本村において取扱われて来たものである。
而して、現行法上、公法私法を問わず、苟も時効制度の認められるのは成法上の根拠のある場合に限られ、かような根拠なくして軽々しくその類推適用が許される性質のものではないからこの点から見ても被告の右主張は失当というべきである。と述べた(立証省略)。
被告訴訟代理人は原告の請求はこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として
第一、原告の主張事実中、第一、第二及び第三の二の事実と富山県知事が明治二十二年三月十九日原告主張の如き内容の富山県県令第三七号を公布した事実及び本件土地が右県令告示当時において愛本村地内に存する舟見町の飛地であつて、新町村二個以上の間に介在するものではないことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。
第二、本件土地は町村大分合においては、舟見町の飛地として処理されたものではなく、三村入会地の一部として処理され舟見町の行政区域に属することとなつたものである。
即ち本件土地は町村大分合当時は三村入会地の一部に属していた土地である。
而して町村大分合に際しては、三村入会地は入会地として飛地とは別箇独立に処理され、舟見町と愛本村に分割されたのであつて、三村入会地に属する本件土地はこの際、舟見町に編入されたものである。
従つて本件土地が現在舟見町の土地台帳に舟見町の地籍として記載されているのは当然のことであつて別に疑問の余地はない。
原告は本件土地が当時三村の共有地ではなかつたから入会地ではないと主張するが入会地には共有の性質を有する入会地と地役権の性質を有する入会地があることを忘却した主張というべきである。また入会地関係は、登記の登載事項と定められていないから、土地台帳等を基礎とする原告の主張も失当というべきである。
第三、仮に本件土地が町村大分合当時入会地に属しなかつたとしても、
(一) 県令第三七号に創設的効力は認められない。
即ち町村大分合当時における町村区域の変更は郡区町村編制法第九条に基き富山県知事がこれを内務大臣に具状しその認可を得た上で町村区域変更を決定しこれを関係町村に示達することにより行われたのであつて、富山県において町村大分合の際発せられた右県令は、かゝる手続を経てなされた多くの町村区域変更処分を県下一般に周知させるために便宜上これを一括して県令をもつて告示したものに過ぎないからいわゆる法規命令には属せず従つて右県令自体には町村区域変更の創設的効力は認められない。
(二) 本件土地は県令第三七号但書に規定する飛地に含まれない。
即ち富山県においては旧町村制の実施に先立ち、その準備として行われた県下全域にわたる町村大分合は、同県知事において先ず明治二十年八月、訓令第一一九号を以て郡市町区画標準を県下各郡長に内示し、該標準に基き、市町村の区画を内申せしめ次いで明治二十一年十月十六日富山県令第一一四号を以て町村分合諮問手続を公布し、その所定の手続を経て町村分合調書を作成した。右町村分合調書には町村合併の理由及び新町村名選定の理由、新町村名に対応してそれに編入さるべき旧町村名及びその地目、反別、人口、戸数が記載されてあり、新町村に編入さるべき入会地、飛地についても同様の記載がある。右調書の記載の通りに町村分合改称案が定められ県知事より右改称案に町村分合調書を添えて内務大臣に具状し、右改称案従つて右分合調書に記載された各町村区域変更について、同大臣の認可を受けた後同知事において、右認可を受けた各町村区域変更を決定し、該決定を関係各町村に示達した上、更に県令第三七号を以て県民一般にそれを一括して告示したのである。右県令には本文において「県下町村別冊ノ通リ分合改称ス」と示し別冊には地目、反別、戸数、人口の細目は省略されているけれども新町村及びそれに編入せらるべき旧町村名、入会地については全く同分合調書の記載と一致した記載がなされている。ただし飛地については右別冊には何らの記載がなく右県令但書において「飛地ハ所在町村ノ地籍ニ編入ス其ノ新町村二個以上ノ間ニ介在スル飛地ノ所在ニ付テハ別ニ之ヲ告示ス」と示されているに過ぎない。しかし右但書にある飛地はすでに町村区域変更処分のなされた飛地即ち前述の如く県知事より内務大臣に上申の際添付した町村分合調書に登載された飛地に限られるものであることは明白であつて、ただその数が相当多数にのぼつたため、県令においてはこれを個々具体的に表示する煩を避け、その原則的規定を示したものに過ぎない。
ところで右町村分合調書(乙第三号証)には、新愛本村に編入さるべき舟見村の飛地の記載があるが、それには地目は田、畑、宅地、原野にして戸数合計十九戸、人口は九六人、地積合計三町二畝十九歩と記載されている。しかるに本件土地はその地目は山林、雑種地が大部分で僅かに宅地があるに過ぎず、しかも戸数、人口は皆無である。従つて本件土地は右町村分合調書に記載された飛地のうちには含まれず従つて県令第三七号但書に規定する飛地には属しないものというべきである。もつとも右町村分合調書は旧町村制施行後数回にわたり誤謬訂正と称して、富山県知事より内務省に右分合調書の変更申請がなされ、之に基いて多少の町村区域の変更が行われたけれどもその内容は殆んど新規の町村区域の変更であつて、右調書についての形式的な誤謬の訂正とはいえない。而して旧町村制施行後の町村区域変更はすべて旧町村制に定める手続に則り実施すべきものであるに拘らず、これによらずして、右調書の誤謬訂正の如き方法を以つてなした町村区域変更は、法令の定める手続によらざる行政処分として無効というべきである。
而して右調書中、愛本村に編入された舟見町の飛地についても、右の如き誤謬訂正が行われたことは原告の主張する通りであるがこれは実質的には町村区域の変更であるから前記の通り無効というべきである。
(三) 本件土地について、仮に原告主張の如き飛地編入処分がなされたとしても、右処分は内務大臣の認可を欠くから無効である。
町村大分合当時における町村区域の変更の準拠法は、郡区町村編制法であつて、その第九条には、府県知事が町村区域変更をなすべきときは内務大臣に具状し同大臣の認可を受けなければならない旨規定してある。
従つて、内務大臣の認可を受けない県知事の町村区域変更処分は正当な手続を経ざる行政処分というべきであるから、その効力を発生しないものというべきである。
さて富山県における町村大分合の経緯については前記第三の(二)において述べた通りであつて、県知事の認可を受けたのは、前記町村分合改称案従つて、それに添付された町村分合調書に記載された町村区域変更処分に限られるのである。本件土地が右分合調書に記載されていないこともまた前述の通りであるから、仮に原告主張の如く本件土地について、これを愛本村に編入する旨の行政処分がなされたとしても、それは内務大臣の認可を欠くから、無効というべきである。
第四、抗弁として、
仮に本件土地が原告主張の如く県令第三七号の告示施行により当然愛本村地籍に編入されたゞその残務の処理として土地台帳面の訂正だけが未了として今日に至りたるものとしてもすでに六十余年間舟見町の行政区域として平穏かつ公然と管理され、本件土地に関連して生起する諸般の行政事務は悉く舟見町の手において取扱われたものであつてその間、愛本村始め、富山県知事、下新川郡長からも本件土地に関してその引渡等何等の請求を受けることなく経過したものである。今にして本件土地の行政区域を変更し、六十余年遡及して愛本村の地籍なりと断定されんか、本件土地を舟見町の行政区域に属するものと信頼して、これを基礎に築き上げられた法律関係は悉く覆滅せられ町政、県政その他に及ぼす影響は甚大である。
而して、地方自治法には、本件の如き行政区域について時効の規定は存しないけれども、時効の精神は公法私法に共通する普通妥当性を有する原理であつて、現に公法においても、金銭債権について消滅時効の定めあり(会計法第三十条以下)また刑の時効(刑法第三十一条以下)公訴の時効(刑事訴訟法第二百五十条以下)の定めがあるのである。私法上時効制度の存在理由は一定の事実関係が永続するときは、社会がこれを正当なものと信頼しこれを基礎にして種々の法律関係を築き上げるものであるが後日これを覆して正当なる権利関係に引き戻すことは、その上に築き上げられた法律関係を悉く覆滅することになり、また、永続したる事実関係が果して正当なる法律関係に合致するか否かを確実なる証拠により判断することが極めて困難な点。さらにたとえそれが真実に反しているとしても永年の間自己の権利を主張しなかつた者は権利の上に眠つていた者であつて法律の保護に価しないともいゝ得るという諸点に存するのであるが、かようなことは公法上でも同様に言い得るのであつて殊に本件の如き町村の行政区域についてはそのまゝ適合するのである。この意味において地方自治法に明文の根拠はないけれども民法に規定する取得時効制度を本件の場合に類推適用することが最も現実に適応する結論を生むというべきである。
されば本件においても前記の如き永続したる事実関係を尊重し、民法の取得時効制度を類推適用し、本件土地は時効により舟見町の行政区域に所属するに至つたものというべきである。
と述べた(立証省略)。
三、理 由
原告愛本村と被告舟見町とはともに富山県下新川郡地内に存する互に隣接する普通地方公共団体であるが旧町村制施行に先立ち実施された町村大分合の結果、愛本村は愛本新村、中ノ口村、音沢村、栗虫村及び三村入会地の一部を合して設立され、同じく舟見町は舟見村、桑畑新村、下若林村、舟見野村、愛場村及び三村入会地の一部を合して設立されて現在に及んだものであること。本件土地は愛本村の行政区劃内に存在しながら舟見町の保管する土地台帳面では同町の地籍として記載されていること。富山県知事が明治二十二年三月十九日原告主張の如き内容の富山県令第三七号を発して町村大分合を告示したこと。右県令告示当時において、本件土地は愛本村地内に存する舟見町の飛地であつて、新町村二個以上の間に介在せざるものであつたこと。
旧町村制は明治二十二年四月一日より施行されたのであるが、同法には町村の区域に関しては従前の区域を踏襲する旨定めてあり、以来同法は明治四十四年町村制、昭和二十二年地方自治法により改変されたのであるが町村の区域に関しては特にその間廃置分合等の行われない限り従前の区域を踏襲して来たものであつて、本件土地についても今日に至る迄、廃置分合等の変更手続が行われたことは全然無く従つて、本件土地が現在いずれの町村の行政区域に属するかは明治二十二年四月一日現在における町村所属を以て決するものであることは当事者間に争のないところである。
第一、ところで原告は本件土地は町村大分合においては飛地として処理されたものであると主張し、被告は三村入会地として処理され、その結果舟見町の地籍に所属することとなつたものであると争うから、まず本件土地が町村大分合当時三村入会地に属する土地であつたか否かについて判断する。
成立に争のない甲第四、第七号証の各一、二同第九号証の一乃至四、乙第三号証並びに証人佐々木二太の証言、原告代表者本人野崎与三治の訊問の結果及び検証の結果を綜合すれば、三村入会地とは、舟見町及び愛本村の北部一帯の山岳地に連亘する総面積一千町余の一団の森林地帯を呼称し、各地に散在する飛地の如きものは含まれず、また町村大分合当時から明治四十年の入会地分割に至るまでは三村の共有する山林であつて、俗に稼ぎ山と称し、三村の村民が自由に立入りその地盤に生ずる草木を採収していたことが認められる。しかるに前記甲第九号証の一乃至四と成立に争のない甲第八号証の一、二によれば本件土地は、町村大分合当時において三村の共有地に属する土地ではなかつたことが推認され、かつその地目も、字下高工、字上高工、字松ケ平、字栗虫に存する本件土地を除いては、すべて、田、畑であつて、その面積も小規模であつたことが認められる。さらに前記甲第四、第七号証の各一、二に弁論の全趣旨を綜合すれば、わが国における土地台帳制度は明治二十二年三月二十三日勅令第三九号土地台帳規則に基き同年四月一日より施行されたものであるが、作成当初においては舟見町、愛本村とも入会地土地台帳と普通土地台帳という二つの帳簿に区別して調製され、前者には当時における入会地が記載され、後者には当時における入会地を除くその他の土地が記載されたこと及び甲第四号証の一は舟見町地内の普通土地台帳(その一部)であり、甲第四号証の二、同第七号証の一、二は舟見町地内及び愛本村地内の各入会地土地台帳であることが認められるが、本件土地が右の如き入会地台帳に記載されず舟見町地内の普通土地台帳に記載されていることは甲第四号証の一に徴し明かである。
また、証人山本助右衛門、同佐々木二太の各証言原告代表者本人野崎与三治の訊問の結果及び上記各証言により成立の認められる甲第五号証を綜合すれば、右甲第五号証は、三村入会地について後日生ずることあるべき紛争に備えて、三村の当局者により作成された右三村入会地の場所、地積等を各地番別に詳細に記録した古記録であることが認められるが、その内容が舟見町及び愛本村の入会地土地台帳(甲第四号証の二、甲第七号証の一、二)の記載内容と一致し、かつ甲第五号証に署名押印している三村の代表者である地主惣代が悉く、右愛本村の入会地土地台帳の附属地図(甲第七号証の一、二)に、三村の代表者として署名押印している点から見て当時における入会地関係記録として確実性に富む文書と考えられるのであるが、右甲第五号証には本件土地の存する舟平、松ケ平及び栗虫の三字についての記載を全然欠如し、上高工、下高工の二字については入会地の記載がある。従つて、舟平、松ケ平及び栗虫の三字の地域内には三村入会地なるものは全然存しないけれども、上高工、下高工の二字の地域内には三村入会地の存することは明瞭である。しかしながら、右甲第五号証の右二字内の入会地の表示には「耕地引き」及び「石灰山引き」なる表示のもとに入会山の区域より除外されている土地があること。而してこれを甲第七号証の一、二中の入会地地図と対照すると、同地図中黒印で「舟見村山林」と表示されている地点が右除外地に該当する土地であることがそれぞれ認められるのであるが、
以上認定事実を綜合して判断すると、本件土地は町村大分合当時において、三村入会地には属せざる土地であつたことを推認するに充分である。
被告がこの点に関する有力なる反証として提出する乙第四号証は、その表題及び内容に照し明治二十二年三月舟見村外十ケ村、戸長役場の庶務係の作成にかゝる、その当時における管内各村の飛地の一覧表と考えられるのであるが、同号証中欄外上部に「舟見村、明日村、音沢村入会山え」と記載された箇所の土地は、成立に争のない乙第五号証の一、二によれば、該土地の右肩部に舟見村と記載された部分は現在舟見町の土地台帳に、明日村及び音沢村と記載された部分は愛本村の土地台帳にそれぞれ登載されていることが認められる。しかしながらこれを前記甲第四号証の二、甲第七号証の一と対比とすると、右「舟見村、明日村、音沢村入会山え」と記載された箇所の土地は、いずれも舟見町及び愛本村の各入会地土地台帳には登載されていないことが認められるのであるが、右事実に、乙第四号証中右「舟見村、明日村、音沢村入会山え」と記載された箇所の土地が極めて小面積の土地でありその地目も田、畑、代替畑が大部分であるのに反し、前記認定の如く、三村入会地とは舟見町及び愛本村の北部一帯の山岳地に連亘する総面積一千町余の一団の山林を指すことを参酌すると、右乙第四号証中「舟見村、明日村、音沢村入会山え」なる記載はその箇所に記載された土地(本件土地もこのうちに含まれている)が右三村入会地に属することを立証する資料としては信用性に乏しいものといわざるを得ない。
而して乙第六号証の一、二及び証人愛場貞次郎の証言中被告の右主張に副う供述部分は前記認定事実及び甲第九号証の一乃至四に照し容易に信用し難く、ほかに前記認定を覆すに足る証拠はない。
第二、次に前記県令第三七号に原告主張の如き創設的効力が認められるか否かについて判断する。
県令は行政庁たる県知事の発する公法上の命令である。而して命令は法律と同じく法規の制定を目的とするものであるが必しも法規を定めるとは限られないのであつて、命令の形式をとるけれども実質的には行政処分の性質を有するものも存するのである。さて、命令が法規たる内容を有するか或は行政処分たる内容を有するかは結局該命令により直接に権利義務を実現するの効果を生ぜずその命令に基き、更に行政行為が行われて始めて現実の効果を生ずるものであるか、或はその命令により直接に権利義務を実現するの効果を生じ、之に基き更に行政行為の行われることを要しないかという点から区別されよう。
県令第三七号は町村大分合に当り、富山県知事において明治二十二年三月十九日公布したものであるが、右県令の「本県下各町村別冊之通リ分合改称ス但飛地ハ其所在町村ノ地籍ニ編入ス」(以下略)という文言の趣旨。右県令は町村区域変更について上記の告示のほか別に何らの手続をも規定していない点。右県令のほか他に町村区域変更処分なるものの認められない点。さらに、甲第二号証の一乃至四により認められる町村大分合当時他府県においても右県令と同旨の県令の公布された事実を綜合すると、県令第三七号は実質的には町村区域変更の効力をその施行により直接に生ずる行政処分であるが便宜上県令の形式によりたるものと認め得べく、従つて、右県令の公布施行によつて当然町村区域変更の効果が発生するものといわざるを得ない。而して、かように県下多数にわたる町村区域変更を一括して県令により実施することは行政法上の法理に反するものとはいえない。
被告は町村大分合当時における町村区域変更処分は県知事が内務大臣の認可を得た上でこれを決定し、関係町村に示達することによつて成立するものであつて県令第三七号は右の手続を経て成立した町村区域変更処分を一括して告示したものに過ぎないと主張するが当時右県令第三七号以外に町村区域変更処分の行われたことを認めるに足る証拠は何ら存しないから被告の右主張は失当というべきである。
第三、次に本件土地が県令第三七号但書に規定する飛地に含まれるか否かについて判断する。
県令第三七号は、その本文において「本県下各町村別冊之通分合改称ス」と規定するとともに右別冊をもつて、遂一具体的に新町村及びそれに編入せらるべき旧町村の区域を明示しているのであるが、該県令但書には「飛地ハ其ノ所在町村ノ地籍ニ編入ス其ノ新町村二個以上ノ間ニ介在スル飛地ノ所属及一村分割ニ係ル境域ハ別ニ之ヲ告知ス」と規定するにとどまり、飛地については、その適用箇所を個々具体的に掲示していない。従つて、右但書にいう飛地が県下全域に存在する全ての飛地を総称するものか、或はそのうちの一定の限定された飛地を指称するものであるかは結局右県令但書の解釈に帰するというべきである。そこで最初に先ず右県令公布に至る経緯を検するに、成立に争のない甲第一号証の一乃至五、甲第六号証の一、二甲第九号証の二、三乙第二、三号証によれば富山県においては、旧町村制の発布に先立ち、自治制実施の準備として、戸数僅少にしてその資力よく自治の実績を挙げえざる小町村を合併し、併せて他町村に点在する飛地を整理する方針を立て先ず明治二十年八月訓令第一一九号を以て郡市町村区劃標準を県下各郡長に内示し、該標準に基き、市町村の区劃を内申せしめ、次いで明治二十一年に至り旧町村制の公布されるに及ぶや、同年六月自治制実施委員を置いて調査に当らしめ、同年十月十六日、県令第一一四号を以て町村分合諮問手続を公布し、右諮問の結果に基き町村分合調書(乙第三号証)を作成したこと。同調書には町村合併の理由と新町村名選定の理由のほか、新町村名に対応してそれに編入せらるべき旧町村名及びその地目、反別、人口、戸数が記載されてあり、新町村に編入せらるべき飛地入会地についても同様の記載がなされている。而して富山県知事は郡区町村編制法第九条に基き、内務大臣の認可を受くべく、右分合調書を添付した上申書を同大臣宛に提出し、同大臣の認可を受けた後、明治二十二年三月十九日県令第三七号の公布となつたことを認むるに充分である。
右の如き経緯と、両当事者間に争のない、県令第三七号の別冊が、飛地を除いては、富山県知事が町村大分合につき内務大臣の認可を求めた際添付した町村分合調書の記載と、地目、地番等の細目が省略されているだけで他は全く一致している事実を併せ考えると、右分合調書は県令第三七号の重要なる参考資料であることを認むるに充分であるが、右県令の附属文書とは認められず、従つて該県令但書に規定する飛地が右分合調書に記載ある飛地に限定して解すべきものであるとは当然には言い得ないのであつて、飛地についても、前記別冊の如き附属文書においてこれを指定するか、或は新町村二個以上の間に介在する飛地について規定したる如く別にこれを県令を以て告示する等、県令自体において明確にその範囲を定めざる限り、右県令但書の解釈としては、その文言に従いかような制限の存しない県下全域に存するすべての飛地を総称するものと解せざるをえない。またかく解しても、県下全域に存する飛地は客観的に特定されているのであるから特にこれを県令自体において逐一、具体的に表示しなくとも行政処分として毫もその内容を不明確ならしむるものではない。
されば本件土地は、町村分合調書に記載の有無を問わず、県令第三七号但書の適用を受くべき飛地に属するものと認めざるをえず他に右認定を覆すに足る証拠はない。
第四、次に、原告は本件土地の愛本村編入については知事の認可を経たものであると主張するのに対し、被告はこれを争うからこの点につき考えるに、富山県知事が町村大分合に当り、前記町村分合調書(乙第三号証)を添付した上申書を内務大臣に提出してその認可を経て県令第三七号の公布を見るに至つたことは前段認定の通りで前記甲第一号証の一乃至五及び乙第三号証によれば右分合調書に於ては、特に字、地番等を具体的に一々摘示してあるのではなく包括的に記載してあり、かつ右分合調書は旧町村制施行後、多くの誤記脱漏が発見せられるに及びその都度富山県知事は内務大臣に右訂正方の伺いを立てその承認を経てその誤謬訂正を実施したこと。右分合調書中舟見村の飛地についても、右訂正が行われたのであつて、訂正後の同調書によれば右飛地は田、畑、山林、宅地、原野、雑種地合計四十三町一反三畝十八歩となつていることがそれぞれ認められ、甲第八号証の一、二によれば本件土地は、山林、田、雑種地、原野、宅地合計五町四反六畝八歩であることが認められるから、本件土地はその地目、地積より見て訂正後の右分合調書に含まれること明かなりというべく従つて特に訂正の分に付てのみ却下又は不受理の反証の認むべきもののない以上、本件土地の愛本村編入についても内務大臣の認可があつたものということができる。
被告は右飛地についての誤謬訂正はその内容から見て実質的には行政区域の変更であるから無効である旨主張するけれども前記甲第一号証の一乃至五及び乙第三号証に照し、容易にこれを認め難く、ほかに前記認定を覆し被告の右主張を認むるに足る証拠はない。
第五、よつて更に進んで被告の時効の抗弁につき審按するに凡そ時効制度は永続したる事実状態を尊重し、真実の法律関係の如何を問わず、これを法律上保護することにより法律秩序の安定を図ることを趣旨とするものであるから、私法のみならず、公法の分野においても妥当する法的原理であるといえる。
しかしながら、時効制度は、権利の得喪という法律関係に重大なる影響を及ぼすものであるから成文上の根拠なくして軽々しくこれを類推適用することが許さるべきものではない。特に民法に規定する取得時効制度は所有権その他の財産権についての規定であるから公法上の財産権ならば格別本件の如き行政区域についてまで、これを類推適用することは、法律上許されえないものといわざるをえない。
されば、本件土地について、仮に被告主張の如き事実が認められるとしても、時効により舟見町の行政区域に属することになつたものとは到底認め難くこの点に関する被告の主張は失当というべきである。
第六、果して然らば、本件土地は、県令第三七号の公布施行により当然愛本村の行政区域に編入され爾来今日に及んだものと認むべきを以て原告の本訴請求は正当であるからこれを認容すべく、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 渡辺門偉男 松田数馬 水谷富茂人)
(別紙省略)